−千代の方言散歩−
| 『サラ』 | 『イッケモナイ』 | 『ズク』 | 『ツル』 |
| 『コワイ』 | 『イシケナイ』 | 『タツ』 | 『トブ』 |
| 『ヒドロッコイ』 | 『ハールカブリ』 | 『チニクル』 | 『ツルクス・ブルクル』 |
| 『ミヤマシー』 | 『ウラ』 |
| 『サラ』 | |
| れっきとした方言なのにそうとは思わず日常よく使っている言葉に「サラ」という言葉があります。 「この芋を籠サラ小屋へ運んどいて」 「鞄の入れといた金を、財布サラとられちゃった」 「リンゴは皮サラ食べた方が栄養があるってな」 といった具合で、千代のほとんどの人にとっては何の違和感もありません。 この方言は、愛知県や静岡県でも使われ、長野県では南信から中信の安曇野あたりまで使われているようです。 |
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| 『イッケモナイ』 | |
| 飯田市下伊那地方にはなかなかユニークな方言がいくつもあるのですが「イッケモナイ(ネー)」もその一つです。 「蛇をつかむことなんか、おらー(俺は)イッケモネー」 「こねーだ(この間)赤蜂の巣を取ったとき、ふたーつばか(二つばかり)刺されたが、イッケモナカッタ」 つまり。「何でもない」とか「平気・大丈夫・心配ない」といった意味です。 |
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| 『ズク』 | |
| NHKラジオで放送された「ふるさと信州のことば」で信州を代表する方言としてこの「ズク」がベストテンのトップに紹介されていました。信州人の勤勉な性分の現れでしょうか。 ズクを一言で表す標準語はありませんが、1.仕事に精を出すこと 2.その気力 といった意味でしょうか。 「ズク無し」は辞書にもあり「怠け者 無精者」と書いてありますが、「ズクがある」「ズクを出す」のようにズクを単語として使うのは方言的用法のようです。 「朝とーからズクがいーじゃーねーかな」とは、朝早くから精が出ますね、という挨拶であり、「ズクー出して、もう−一仕事やるか」とは、やる気を出してもう一仕事やろう、ということです。 『コズク』がある(こまめである)とか、ズクをやむ(骨惜しみする)という用法も、千代にはあるようです。 |
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| 机を『ツル』 | |
| 「教室の掃除は、机をツットイテから始めなさい」 「この丸太、そっちの端をツッテくんな(下さい)」 千代のひとはもちろん、伊那谷住民にとっては何の変哲もないこの会話も、よその人にとってはとても奇人に感じるようです。 というのは、伊那谷の人にとって「机をツル」ということは、「机を持ち上げる・持ち上げて運ぶ」ということですが、よその人にとっては「机をツル」ということは、(ツル−吊る・釣るという言葉本来の意味からして)机に紐などをつけて吊り下げたり釣り上げたりすること、だと思うからに違いありません。 |
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| 『コワイ』 | |
| 1.「なんたらコワイ(コエー)飯(めし)ずら」 2.「この猪の肉はコワクテ食べれん」 どちらの会話も千代の人には、翻訳不要と思いますが、念のため「訳」をつけると、 1.「何という固いご飯なのでしょう」 2.「この肉は、ゴムを噛むような感じで(噛み切れなくて)食べられない」 となります。 千代で使っている、コワイには、固いの他にゴムを噛むような感じの意味もあるようです。 |
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| 『イシケナイ』 | |
| 「そんなイシケナイことを云うもんじゃないに」 「よそへ行ってそんなイシケナイことをすると笑われるに」 などと、昔の子供はよく食事どきに母親や祖母からたしなめられらものです。 意味は、「食い意地が汚い、つまりむさぼって食べたり、あれこれと料理や菓子などを欲しがる」ことですが、「金銭に汚い」という意味に使われることもあるようです。 |
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| 戸を『タツ』 | |
| 伊那谷方言の中には、標準語としての本来の意味の他に、伊那谷でだけしか通じない意味の言葉が幾つかあります。 「戸をタツ」という言い方もよその人にはとても奇妙に聞こえるそうです。 「あけた戸は、ちゃんとタッテこにゃだめだに。(閉めて来なくてはだめですよ)」 「だいぶ冷えてきたで、そろそろ障子をタツか(閉めようか)」 このタツは、もっぱら雨戸や障子などの、「引き戸を閉める」場合にだけ使います。 |
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| 廊下を『トブ』 | |
| ある小学校の廊下に、「ろうかは、とばないでください」とう注意書きの木札が置いてあったそうです。 千代だけでなく長野県ではかなりの地域で、走ることをトブと云います。 運動会のトビックラとかトビッコ。いまの「かけっこ」をそんな懐かしい言葉でしゃべっていたのは、いくつくらいの衆までズラカ。 |
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| 『ヒドロッコイ』 | |
| 千代の人なら子供でも知っていると思ったので、小学生に聞いてみて驚きました。何と千代の小学生の90%近くが、このヒドロッコイを知らないというのです。 意味は、「太陽の光がまぶしい(眩しい)」ことですが、「まぶしいほどの美しい人」を、「ヒドロッコイほどの美しい人」とは云いません。 たぶん代表的な伊那方言の一つだと思いますが、いずれ近い将来千代から消えてゆく言葉なのかもしれません。 |
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| 『ハールカブリ』 | |
| 「おーっ、ハールカブリだったなー」 とは、小学校や中学校の同級会で久しぶりに再会した同級生同士の挨拶です。もっとも、この挨拶は男同士の場合ですが、女衆の場合にはなんちゅーずら。 ハールカは、もちろん「はるか(遥か)」のなまりで「距離的または時間的に遠くへだたっているまさ」(広辞苑)ですが、 「風呂に、ハールカ入っとったら、うだっちゃった」 と一時間程度の意味にも使うし、 「ハールカ入院しとった」 のように、何ヶ月とか何年単位を意味する場合にも使われます。 |
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| 『チニクル』 | |
| 方言には東北地方とか関西地方といった広い範囲で使われているものの他、伊那谷とか木曽谷とかの狭い地域だけで使われているものがあり、さらに伊那谷の中でもごく限られた地域だけで使われている特殊な方言もあります。 その一例がチニクルです。千代・千栄の小学校の9割以上が日常使っているところからみても、千代地区で最も馴染んでいる方言の一つといえます。 察するに、「チニクル」は「つねる」から派生した「ツネクル」(これも方言)のなまったものでしょう。 |
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| 『ツルクス』と『ブルクル』 | |
| どちらも 1.吊るす、吊り下げる(下がる) 2.ぶら下げる(下がる)という意味ですが、千代では微妙な使い分けがあるようです。 干し柿が「一杯ツルクシテある」は、「一杯ブルクシテある」とも云います。 しかし、「じゅくし(熟柿)が枝に一杯ブルクッとる」は、「熟柿が枝に一杯ツルクッとる」とは云わないようです。 「そんな物は、竿にツルクシときゃすぐ乾く」は、「ブルクシときゃすぐ乾く」とも云いますが、腰から帯をぶら下げているのを、「帯をツルクシとる」とは余り聞きません。 |
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| 『ミヤマシー』 | |
| 千代では小学生でも8割以上が知っている方言ですが、「あそこの家の嫁はふんとに(本当に)ミヤマシー」をあなただったら、よその人にどう説明してあげますか? 「伊那谷の方言歳時記」−下澤勝井著−には、1.とにかく働き者であることは間違いないが、ただの働き者ではなくて 2.よく気がついて 3.手ばやくて 4.段取りもよく 5.その上機用で・・・等など 何と、14.まで挙げています。いずれにしろ、伊那谷庶民の美徳としては、最上位のライクされる資質の一つでしょう。 方言辞典を開いてみると 1.かいがいしい。よく働く。勤勉である。2.真面目。着実。3.何でもよく出来る。4.服装や動作がきちんとしている。整っている。などと載っています。 「今日は、えれ−ミヤマシー恰好しとるな。(随分ミヤマシー身なりをしているね)」 「大勢の前で、挨拶がミヤマシク出来りゃ一人前だ。」 この方言の本家は、静岡県や愛知県のミガマシーやミダマシーであって、長野県に入ってミヤマシーになったようです。 |
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| 『ウラ』 | |
| 「千代小学校のウラは、すぐ山になっています」 「遅れて来た人は、教室のウラの方から入ってください」 このウラという言葉、伊那谷の私たちは日常何気なく、しかも頻繁に使っていますがよその人にとっては誠に奇妙に聞こえるらしい。 「大体、ウラ(裏)というのはオモテ(表)の反対でしょう。紙の裏っていうのなら分かるけど、学校のウラって一体どういう意味?」なるほど、そう云われてみればその通り。 ウラのついでにもう一つ。 「うしろ」反対は「前」ですが、これを長野県人は「マエデ」という。 なおも、ウラにはもう一つ。 「こずえ・はし(端)・すえ(末)」などの意味があり 「家の栗の木はウラの方が枯れてきた」 「柱のウラを持つ」 などとも云うようです。 |